釣り合うこととと寄りかかること

 こういうことを軽々しく書いていて誤解を受けたので一応捕捉すると、結果的として釣り合うということは文字通り結果なので良いも悪いもないことです。それと単に寄りかかっていることは全然違うのですが、「釣り合ったままでいる」ことにより寄りかかる状態になりやすい、ということです。「釣り合ったままでいる」と意識が溶けていくんですよ。違う時間の中に入ってしまう。その時間の側にも攻防があるし、それはそれで大切なのですけれど、気づかないうちにフェイズがシフトするのが危ないということです。
 寄りかかっているのに寄りかかっていることに気づかない、ということはよくあります。果敢に攻めている気分になっていることもあります。相手の動きに絶妙に付いていっているとか(しかし付いていってどうするのか?というのはよく考えないといけない。付いていって付いていって、どこに行くというのか。そんなものは何にもならない)。
 そういうことは本当になかなか自分で気づけない。普通の意識の状態ではないですし、そもそも心に決まった座標軸があるわけではないですから、身体の状態として定点を持ってかないとわからなくなります。
 などということをただ言葉で言っても何の意味もないので、こういうのはまぁ、純粋な自己満足でメモしているだけです。
 言わないでもわかる人はわかるし、そんな人にわたしごときが僭越に申し上げる話でもないし、わからない人はわからない。説明なんか意味ないし役に立たないんだから、まったく自己満足の言葉遊びです。
 わたし自身がよくわからなくなるし、とにかくもう、色々ずっと苦しんでいるので。

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