ここには運の良かったヤツしかいない

 最近、まだ若い人の訃報を続けて聞く。お世話になった五十代の方も亡くなってしまった。
 道を歩いていると皆普通に健康そうに見えるし、その中には不健康な生活を送っている人も沢山いる筈なのだけれど、死んでしまった人は道を歩いていないので分からない。
 これはよく考えるとちょっと恐ろしいことだ。
 たしか高野秀行さんが、インドのボパールという大規模な化学工場事故が起こった場所を尋ねた時、地元の人と話して「俺はその日たまたま隣町に行っていて助かったんだ」と言われた。「運が良かったんですね」というと、「ここには運の良かったヤツしかいない。運の悪かったヤツはみんな死んだ」と応えられたそうだ。
 運の悪かった人は皆んな死んだので、運の良かった人しか歩いていない。
 成功者バイアスのようなもので、わたしたちは「運の良かった」人の話しか聞くことができない。
 当然、わたしたち自身は「運の悪い」方かもしれないわけで、同じ行いをしてもコロッと死んでしまうかもしれない。
 80歳を過ぎてスパスパタバコを吸って元気一杯なおじいさん、みたいなエピソードが時々あるけれど、その陰には病に倒れてもういなくなってしまった人たちが沢山いた筈だ。
 道を歩いている人たちは、ただ死んでいないだけでなく、家から出られないほどひどい病にも冒されていない。この世の中には、生きてはいるものの、限られた場所でほとんどの時間を過ごして、道を歩いてはいない人たちが沢山いる。
 「運の良かった」人たちは、「運の悪い」人を見て不安な気持ちになったりしたくないので、ますますそういうことを見えないところに押し込めようとする。そのこと自体は責められるものでもないと思う。恐ろしい事例を見て恐ろしい気持ちになっても、それで振りかかる災厄から逃れられるわけではない。誰しも、本当に最悪のことが起こるのだとしたら、せめてその災厄の前の日まで平穏に暮らしたいと思うものだ。そして実際、わたしたちは最後には災厄につかまるので、なるべくならその日まで静かに暮らしたいと願うのは当たり前のことだ。
 話がズレるけれど、これに対して「いやいや、災厄から目をそらさないことで現実的な対策を講じた方が良いではないか」という人もいる。確かに、一定の範囲で避けることのできる災いというのはあるし、ただ闇雲に布団をかぶって見ないことにしているだけでは困る、というのはもっともだ。だけれど、世の中には避けようのない災厄というのもあるし、また避けることができるのだとしても、その予防や対策にかかるコストに見合うかどうかは分からない。核戦争を見据えて核シェルターを作り、仕事も家族も犠牲にしてモヒカンたちとの戦いに備えたとしたら、「もしも」のために「もしも」以前の人生をあまりにも損ない過ぎている(でも、そういうメチャクチャな人生を選んでしまう人というのはいて、それはそれで生き様として面白くはある)。もしあまりのも割りにあわないのだとしたら、目を閉じ耳をふさぎ、その日が来るまでただ静かに楽しく暮らしている方が「得」かもしれない。正直、「得」なことの方が多いように思う。

 話を戻すと、死んだ人は道を歩いてはいないのだけれど、かといってこの世からまったく消え去ってしまったというわけでもない。
 人は死して名を残す、と言うけれど、正確に言えば、名以外なにも残らない、ということで、名というのは既にそれ自体死の刻印でもある。ややベタなことを言えば、何かを名付けるということは、解釈格子をもって即時的でのっぺりとした世界に切れ目を入れることで、その切れ目、名によって象徴言語の中に拾い上げられる、位置づけられると同時に、半歩死に近づいている。名とは「これ以上死なない死体」だ。象徴界は死体の星座だ。
 情報はもう死んでいるからそれ以上死なない。インターネットなどを眺めると、何か情報も生き生き変化しているように見えるけれど、それは後から後から死体が放り込まれているので、墓場の様相が変化し続けているだけだ。
 言葉の世界にいる以上、わたしたちは死者たちと半分同じ地平に立っていて、そこでは不断に死者の語りかけにさらされている。
 死んだ人が道を歩いている。
 この道は、死んだ人が通った道、死んだ人々が作った道だ。

 電車に乗り遅れる夢は、ホームに取り残される夢ということで、それはある種の「失敗」なのだけれど、自分だけは向こう側にいかないで済んだ、見事「失敗」して「死に損なう」ことができた、ということでもある。チッと舌打ちするのは、「いやいや自分もあわよくば死者の名簿に名を連ねようとしたのですけれど、なかなか思うようにはいかず、残念ながらこのザマです」ということだ。
 でも線路の向こうには確実に「向こう側」があるわけで、その「向こう側」も新宿駅からの代々木駅ほどしか離れていないかもしれず、もっと言えば代々木からも電車が来る。実際、代々木からはしょっちゅう電車が来ているのだ。
 創作物などで、「実は知らない間に自分が死んでいた」というものがあるけれど、そうした物語が内蔵をえぐるような不気味さを持つのは、実際、わたしたちが半分死んで名となっているからだ。戒名という習慣も、「この名はまだ死者の名ではない」という必死の防衛とも捉えられる。

 こうしたお話は割とベタな語り尽くされたことではあるのだけれど、気になるのは、この地続き感と「運の良かった人しかいない」感が、どちらも共にある、ということだ。
 新宿の次に代々木があって、そこへ線路が続いているのだとしても、やっぱり代々木にいる人は新宿にはいなくて、新宿にいるのは新宿にいる人だけだ。このことの驚きというのは、いくら自分が棺桶に片足を突っ込んだからといって、消えてなくならない。
 慰めにはならないのだ。
 もし救いがあるとしたら、それは代々木にも新宿にもいない人で、わたしはそういうものを信じて生きていきたいと思う。それは運が良いとか悪いとか、そういうものが無化される地点というのがただ一つあり、そこからの眺めでは、運に良し悪しなどというものはない、ということだ。
 その場所に立つ、ということはできないので、ただそういう場所というのがあるのだろう、と信じているだけだ。
 それを細い細い命綱にして、薄目をあけながら、まだ運の尽き果ててない人々の歩く道を、それほど多くを知らないままさまよっていくしかないのだと思う。
 その紐は、別に不安を消したりはしない。
 不安の消しようもなさ、ということを証してくれているだけだ。
 そしてわたしは十分に弱いので、あまり大きく目を開いて、多くを受けいれ備えながら生きることなどできない。
 せいぜい薄目程度が関の山で、なるべくなら、災厄の直前まで無知で愚かな獣として、幸せに引きずられていきたいのだ。

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